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ぶっちゃけ英語の勉強って必要なの?

英会話スクールがこんなことを言うと怒られそうだが、結論から言うと、全員必要かと聞かれれば、「必要ではない」と思っている。ただしこれは、「但し書き」つきで、「英語の勉強は時代遅れか」と聞かれれば、「そんなことは全然ない」と胸を張って言える。

英語は全員には必要ではない理由)

  • これは一番世の中で言われていることだが、「グローバリゼーションなんちゃら」とかいう横文字が溢れ、日本の大企業が英語を公用語にしたりといったニュースが大きく取り沙汰されて、なんとなくそんな雰囲気だが、実際のところ、英語なしで生活をしている人たちがたくさんいるということ。この傾向は今日明日で変わることではないと思われる
  • ふたつめはAI(ディープラーニング)はすごいよ!ということ。時代が変わって、外国人とのコミュニケーションの必要性が高まることは間違いなさそうだが、英語が日本人の運命を分けるような時代がやってくる前に、AIの翻訳能力が断然に高くなると思う。もちろん今の時点での機械翻訳は、「ぷぷっ。機械のくせになかなかおもしろいことを言うじゃないか」と思うことが多々だが、今年になって、Googleが発表した新しい翻訳のアプローチをとっても、機械翻訳は格段に進化している。確かに日本語は機械翻訳が難しい部類に入るが、そういってあぐらをかいていると、私なんかの英語だって、機械にすぐ追い抜かされることになりかねないな、と思う
  • 三つめは、ソフトな理由だが、「大人が必要というから」というのを、子供たちが英語に向き合う姿勢にしたくない、という思いがある。「必要だから」以外にも、英語を勉強する理由はたくさんあると思うのだ。「絶対必要とは言わないけど、こんな理由があるから勉強したくない?」といえる大人でいたい。英語信仰しすぎるのも本末転倒だと思っている。英語教育者や通訳者でないかぎり、英語はあくまでもツールだから、なにか伝えたい内容があって初めて活きるのが英語であるというのを忘れてはいけない。大学時代に、普段はあんぽんたんな事ばかり言っているスペイン語がペラペラの日本人の友達が「翻訳者にはなれるだろうけど、どっちかっていうと翻訳されるくらい価値のある人になりたい」って言っていたけど、いまでも忘れられないくらいかっこいいと思った言葉だ

英語の必要性・英語が学校教育の一部であるべき理由)

  • 「英語は必要じゃない人のほうが多いんだから、学校教育から外そう」という議論が通ったなら、ほとんどの学問が消えてしまう。天文学だって、地学だって、古文だって、微分積分だっていらない人のほうが多い。だからといって誰も学ばなくなってしまうのは、ちょっと切ないし、人類のためにならない
  • 語学に限ったことではないが、大人になってからでは学習能力も時間もなかなかなくなる。英語というツールがあるかないかによって、出くわす機会も人も変わってくる。どんな人と出くわすかだけではなく、その人とどんな関係を築けるかもそうだ。「英語だ、国際化だなどと言っているが、結局アメリカ化じゃないか」という議論もあるが、だからと言って英語教育に費やす時間を減らせと唱えるのはどうかと思う。残念ながら、アメリカ傾倒に警笛を鳴らす系の議論にはちょっと同意するところもあるが、そうやって議論を単に二極化させるんじゃなくて、英語もきちんと勉強して、そういう問題点も利点とともに見据えたうえで、ツールとしてどうやって使うかを考えながら使うのが、一番いいと思う。アメリカ時代、親切にしてくれた年の離れた友達に、大学に行かず水族館で働きたいという息子がいたが、「大学に行ってそれでも水族館で働きたければ働けばいい。ほかの仕事もできたけど水族館を選んだというのと、それしかできなかったから水族館で働いているというのはまったく違う人生の展望がちがってくる」と言っていたが、ちょうどそんなかんじだ。「選べる」という贅沢を、子供たちが将来持てるのはいいことだと思う。そんな可能性を秘めた「英語」教育の機会がみんなに平等にあることは、素敵なことだ
  • どんなにAIが発達しても、機械翻訳では埋まらないニュアンスのギャップがある。そもそも訳せない概念がたくさんある。人間が人間らしくいるためには、やっぱり人間同士が直接話さなくてはならないと思う。外国語を話せると世界が広がる。使う言語が英語でなくてもいいけれど、英語で話したいと思ったら、ローンスターに来てね笑
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